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近況

公開日時
2017-07-22T16:21:30+09:00
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nasuna

シモツケソウが咲いていた。それと昨日は激しい雨。

今年はショウマの当たり年と思える位敷地内の彼方此方にトリアシショウマが咲いています。そんな中、ピンクのショウマがと思える花に目が留まります。シモツケソウです。

シモツケソウ

アカバナシモツケソウなのかどうかは現在不明。その近くでは早生のコスモスの花も一輪咲いていました。

早生のコスモスの花

もう一つ。昨夕は猛烈な雨だった。朝、有名観光牧場周辺の道は荒れ気味でした。

雨後の路面状態

まさかと思えるのが側溝の蓋が溢れる水量で浮き上がっていたこと。更にグレーチングと言われる重い金属製の溝蓋が完全に外れてしまっている。もしかすると人為的措置なのかな、でもまさかねと思いながらカメラに収めます。

側溝から外れたグレーチング

そんな訳でココにある道路を横切る側溝も流れてきた砂利でグレーチングが埋まってしまったので朝の一作業として除去します。

シモツケソウは初めてカモ。

今更ながら日光近かった

公開日時
2017-07-08T09:09:30+09:00
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yama

昨日は中禅寺湖畔の社山へ行きました。

歌ヶ浜駐車場から見る社山

真面目に中禅寺湖畔に立ったのは小学校の修学旅行で日光に来たとき以来。いろは坂を登ったのもその時のバス以来で、自分で運転して通行するのは初めて。特別嫌っていた訳ではありませんでした。ただ何となく頭と足が向かなかっただけ。

歌ヶ浜駐車場から見る男体山

群馬県側から金精峠を超えて戦場ヶ原を散策したことは有ります。それと何度か金精峠まで出掛けたことはありますが栃木県に入ることは有りませんでした。沼田から長く遠い金精峠という記憶です。そんなイメージが植え付けられていたからなのでしょう。ココに来ても日光中禅寺湖畔周辺への指向が働くことはありませんでした。

そんな伏線としてある中、そう言えばこっちに来てから中禅寺湖へ行っていないと心入れ替えるように気付き、ナビで時間計測してみればそれ程大きな占有時間にはならないことが判りました。出掛ければ居住区から湖畔までは下道で1時間45分の近さ。クリーンセンターへゴミを出しついでに銀行廻りや買い出しなどを済ませて戻ってくる時間よりも短い。今更ながらその近さに驚きます。

英国大使館別荘記念公園内建物

歌ヶ浜から阿世潟まで湖畔沿いに歩く道は快適です。歩行者専用で自転車も通行不可。英国大使館別荘記念公園、イタリア大使館別荘記念公園、男体山が湖畔に映える浜などを眺め進みます。千手ヶ浜を分ける阿世潟で阿世潟峠へ上がります。

阿世潟峠

阿世潟峠から社山山頂まではほぼ一直線。でも樹林帯や、露岩帯や、森林限界の様な草原状の道があったりと変化に富んで、更に展望ピークが幾つかあり、堪えず湖畔が見えることからどれほど登り進んたかを視覚から推し量ることが出来飽きることがありませんでした。

社山登山道より中禅寺湖を眺める

歌ヶ浜で対岸奥に見えていた日光白根山が水平線上に位置して来り16年前に歩いた戦場ヶ原を俯瞰するようになると山頂間近。

山頂間近

山頂に着くと同時にガス。その先の展望場でも見えるものは猿のみ。シャクナゲの花とか近距離の展望を楽しむだけとなります。でも心は余裕。近い日光なのでまた来ることが出来ます。

昨日の社山山頂

復路は往路を辿ります。阿世潟周辺の登山道の落花、カエルの王様の冠の様な花が気になります。帰宅後調べるとオオバアサガラ。

オオバアサガラの花

気持ちの良い湖畔の道を戻ります。イタリア、英国それぞれの大使館別荘記念公園に立ち寄り旅行気分に浸ります。

イタリア大使館別荘記念公園建物内

歌ヶ浜に戻り社山方向を見ると朝とは大違い、曇天です。

歌ヶ浜よりほぼ定点で撮影しまた午後の社山

帰路もすれ違いが厳しいと減速したりする大型トラックの後ろを走行。それでも2時間以内に戻ることが出来たのは近い。矢張り近いんだ日光。改めて実感しました。

米沢へ

公開日時
2017-07-03T14:11:20+09:00
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sonota

土日は諸事情により米沢へ。

北山原殉教遺跡(全体)

初米沢です。道の駅田沢を経由するルートで米沢の街に入り、まずは北山原(ほくさんばら)殉教遺跡へ向かいます。そこは米沢藩の刑場跡地で1629年1月12日にキリシタン53名が処刑された場所。今は整備され住宅地の中の穏やかな史跡となっています。

北山原殉教遺跡

訪れた土曜日7月1日は期せずして「福者ペトロ岐部司祭と187殉教者」の記念日。187人の内の53名がこの米沢で殉教したこの地に立つことに心傾けます。

北山原殉教遺跡(一部)

ドイツから贈られたキリスト・マリア・ヨハネの像。その前には祭壇も置かれてあります。

北山原殉教遺跡(祭壇)

教会墓地が併設された遺跡を後に米沢観光に移行します。

米沢城址

米沢城址。そこは伊達政宗生誕地、上杉景勝、直江兼続、上杉鷹山の世界でした。城址見学後歴史を知るために隣の国宝洛中洛外図のある米沢市上杉博物館へ。

米沢市上杉博物館

初めはどちらも市立だと思っていたら市立の米沢市上杉博物館と県立の置賜(おきたま)文化ホールが合築された施設。その内の市立へ入館します。目当ては歴史を知ることと狩野永徳筆の国宝「上杉本洛中洛外図」。精緻です。

上杉博物館・文化ホール両施設入口

謳い文句の通り歴史と文化を身体で感じることができる施設でした。特に上杉鷹山をより深く、米沢の人にとっての鷹山を知ることができました。知る範囲の博物館では屈指。

上杉家廟所

一旦退館し昼食後再入館。その後どうしようかなと思いながらも国指定史跡なので上杉家廟所も見学することにし移動します。

土曜日の米沢駅

最後に米沢駅に立ち寄りその日は米沢泊。米沢の食べ物、唯々、作って下さった方に感謝し美味しく頂戴しました。本当だったら一座でも登って米沢観光という個人としてはアレ、つまり齷齪(あくせく)した貧乏たらしい野暮ったい計画も有ったのですが山間部は雲の中。ホテルから眺める山並みも雲に隠れて一安心。一日を終えます。

宿より米沢の北西の山を望むも雲の中

翌、日曜日は教会へ。ミサに与ります。

昨日のカトリック米沢教会

前日訪れた北山原殉教遺跡と併設された墓地を持つ教会です。ミサ後そういうつもりもあったようでなかったような、結果プチ営業。新潟教区での初営業となります。

昨日のカトリック米沢教会聖堂内

伊達政宗生誕地米沢だけど生誕した城は前日訪ねた米沢城址ではなく、舘山城という山城が伊達氏の本拠地であり政宗の生誕城という国指定史跡になって1年と4ヶ月の遺構へ移動します。

有名な文言の案内柱

調べればあまりにも有名な文言の案内柱のある史跡。最上川源流の大樽川沿いの山城と山麓居館跡。立て看板が幾つか立ち説明文が記載されています。その中の一つによると上流域立石邑は支倉常長の生誕地。米沢二日目も遣欧使節団、殉教者に想いを馳せる旅となります。その立石を南に進めば西大巓、西吾妻山へと続く白布峠。そこは昨年訪れた場所「西大巓・天狗岩・西吾妻山、矢筈山も」の記録地。繋がる喜びを噛みしめながら山城へ向かいます。

舘山城跡 舘山東館

うっそうとした山城跡で広大です。それなりの服装と靴でないと登城できないかもの自然豊かさで、夏場より冬枯れした時期の方が現時点では良いみたい。

舘山城跡 物見台

城跡見学後、帰途に就きます。往路では寄らなかった喜多方、会津若松の市街地を経由して戻ります。殉教絡みであったり営業も有ったりの山絡み無しの思った以上に近いと感じた米沢。東北、やっぱ好き。

雄大な箕輪山・鬼面山

公開日時
2017-06-25T17:47:18+09:00
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yama

昨日は安達太良連峰の箕輪山と鬼面山を登る。

箕輪山から鬼面山へ向かう途中の雪渓

2014年の同じ時期6月23日に初めて行った 安達太良山。沼尻スキー場から登ってカルデラ周回するルート取りでした。その時、鉄山避難小屋から見えた箕輪山が小さくこんもりとした山容に見え、北方面もいつか歩いてみたいなと思っていました。ところが事実は大きく異なります。読図能力ゼロ以下。その時点でちゃんと地図読みすれば良かったのに、眼も通さず見える所からだけで判断していたのです。箕輪山に申し訳ないと身に染みた昨日の山行です。雄大な箕輪山でした。

2014年6月23日に鉄山避難小屋から見た箕輪山

スタートは横向下登山口。以前は安達太良山も磐梯山も高速道路で向かっていましたが、下道で2時間。これなら充分来れる範囲です。3年の月日の実績を感じます。

昨日の横向下登山口

箕輪スキー場ゲレンデ脇の樹林帯を登って行きます。沢状に抉れた道と相まって涼しい風は頭上を通過して行くので比較的暑目の登りとなりました。

箕輪スキー場ゲレンデ

樹林帯と樹林帯の中間部で箕輪山山頂部が見えてきます。高曇りです。

樹林帯中間部より箕輪山を望む

森林限界を超えると登って来たスキー場も周辺の山々も見渡すことができる視界が広がりますが、昨日は霞んで視覚的インパクトは弱。

眼下に広がっているであろう景色

風は涼しく、それまで纏わり付いてマサイの様だった小虫たちは消え失せています。そして山頂部。

箕輪山山頂部周辺

霞んでいるとはいえその雄大さに圧倒されます。前回歩いたコースから見た箕輪山とは大違いです。鉄山と箕輪山の間には視野いっぱいに広大な鞍部が存在しています。

箕輪山から鉄山方面を望む

北の鬼面山へ向かう前に鉄山避難小屋まで出向いてみます。最低鞍部に位置する僧悟台経由塩沢登山口方面を見送り鉄山避難小屋まで登り返します。振り向けば箕輪山も雄大。

鉄山側から箕輪山を望む

鉄山避難小屋からみると登山道が丁度繋がって見えるためか箕輪山は矢張り小高い頂に見えてしまいます。

関連画像

同行者がどうしても観たいという沼ノ平、船明神山、障子ヶ岩を暫く眺め箕輪山へ引き返します。

昨日の沼ノ平と船明神山、障子ヶ岩

粘土質の登山道の箕輪山は鬼面山へのルートで最高潮でした。適当に歩くことができない静荷重静移動強要コース。多くの登山者のスリップした足跡を見るたびに心戒める気持ちが湧いてきます。途中、鬼面山を望める場所が現れます。東斜面に雲が纏わりついています。

雲が纏わり付く鬼面山

そして道は雪渓に。

雪渓ルートを見上げる

鬼面山手前のコルまで来ると粘土の道とはお別れになります。鬼面山山頂までは岩交じりにルートに変わります。とても歩き易い。

昨日の鬼面山

山頂から振り返る箕輪山はとても雄大。長かった粘土道を忘れさせてくれます。

鬼面山山頂と後方に箕輪山

鬼面山を越し旧土湯峠へ向かいます。道は歩き易くあっという間に土湯峠に到着します。

昨日の土湯峠

横向上登山口への下りは綺麗に刈り払われている案内板無しの道と、ちょっと藪化し始めている案内板の指す道で迷いますが最後は合流。途上箕輪山、鬼面山方面を見上げると丁度歩いたコースの矢状面を望むことができました。大きい。

箕輪山から鬼面山への矢状面観

横向上登山口へ出て、土曜日ということだからなのでしょう、意外と多い交通量の中ちょっと怖そうな廃墟跡を通って下の登山口へ戻りました。蒐集家ではないけど前回と合わせると安達太良山の半分近くを歩いてみたことになりました。

昨日の横向上登山口

帰路はアスク、正式名称ショッピングパーク「アスク」へ立ち寄りその潜在能力の高さを再認識して戻りました。だってミツウマまであるんだもん。

福米沢へ行く

公開日時
2017-06-19T10:27:02+09:00
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sonota

昨日は南会津町福米沢にある南会津教会へ。

昨日のカトリック南会津教会

ミサ時間は午後2時。時間があるので寄り道します。檜枝岐、尾瀬方面へ向かう時に何も考えず通過してしまう野岩鉄道会津鬼怒川線の会津高原尾瀬口駅とその周辺。その散策をします。

昨日の会津高原尾瀬口駅

会津鬼怒川線の駅に寄るのは5月10日会津田島の弁天山の帰路に立ち寄った 男鹿高原駅 以来。駅前に民家、店舗、土産物屋などが点在し、尚且つ有人の駅舎に特別な感じを受けてしまうのは無人駅の見過ぎか。

昨日の会津高原尾瀬口駅構内

その後、いつもお世話になっている国道352号線へ出て鷲神社を見学。

鷲神社

鷲神社境内に入ると国道を挟んでもう一つ神社の鳥居が目に飛び込んできます。そこは消防団と阿賀川の間に建つ大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)という神社。

大山祇神社

安産の神様らしく関連奉納物が何本も安置されています。天井を見上げると茅葺屋根。この名残は小さな神社を時間と歴史の重厚さとして訴えかけてきます。

大山祇神社屋根裏

福島では阿賀川、新潟では阿賀野川と言うそうなの阿賀川沿いに建つ大山祇神社裏手はプチ崖で橋が掛けられています。これも普段全く気にも留めずに通過している橋で三滝橋。名前の通り三段の滝が望めます。

阿賀川と三滝橋

駅へ戻ると噂の東武浅草駅と会津田島を直通運転する新型特急「リバティ会津」が東京方面へ発車するところでした。生リバティ会津見るのは初めて。鉄道車両を撮影する方からすれば話になりませんが後尾灯を追うようにカメラに収めます。

昨日のリバティ会津

会津田島「ラーメンまりちゃん」で昼食後、教会へ向かいます。

カトリック南会津教会聖堂

ここは 昨年6月6日 以来の場所。中に入ると、外観から想像する以上に聖堂は広く大きく感じます。手入れが行き届いた綺麗な聖堂に教会信徒の気持ちが伝わってきます。更に実働3名と聞き驚きます。ミサに与ります。

聖堂天井

喜多方より持ち込まれた聖堂内部の柱が美しい。小さくとも歴史のある教会。高齢化の波の中に生きる信徒との交わりの一日。そして3月以来の再会もあった営業になったか良く判らない訪問とその周辺の散策日曜日の記録。

ドーム再び

公開日時
2017-06-17T06:01:35+09:00
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sonota

ロイヤルウィングで観戦2回目。

東京ドームゲート周辺

今年もご厚意によりロイヤルウィングでの観戦チケットが手元に届きました。

関連チケット群

ロイヤルウィング初体験となる昨年はプレイボール後30分間のみの滞在時間で、野球が良く判らないからという理由を超える勿体なさ振りを展開。折角ならと反省も踏まえ今回はお泊り付にします。前回は日ハム戦で、今年はソフトバンク戦。

後楽賓館

ホテルはドームから歩いて9分の近さの日中友好会館併設の後楽賓館、後楽ガーデンホテルです。予算がアレなら眼下にドームが見える直近のホテルもありますが、迷う理由はありません。日中友好の一翼を担えるかは別にして利用します。バスユニットが解体後清掃便利なオペ室の様なオールステンレスというウェブ情報がありましたが普通のアイボリー系の樹脂ユニットでした。

客室窓から観る東京ドーム

客室窓からドームが目前。チェックイン後ドームへ移動し、ロイヤルウィング専用ゲートへ向かいます。

ROYAL WING

野球の醍醐味ともいえる、投手と打者の真剣勝負をじっくり味わえる特等席。エントランスやビュッフェに最も近く、食事や団らんにも便利なエリアです。

とい謳われる解説の通りであり、チケットは入場券の他にウェルカムドリンク、お食事、飲み物券も添付されているので美食を追求さえしなければ優雅な気持ちにさせてくれます。

夜の東京ドームとスカイツリーを客室より眺める

ちゃんと試合終了まで観戦。長い試合でした。帰った時間は11時前。ホテルの窓から東京ドームとスカイツリーのイルミネーションを眺め、星のない夜の景色を閉じました。

湯島聖堂 大成殿入口入徳門

翌16日は行ったことのなかった湯島聖堂へ。 徒歩による移動で開門時間に到着。ニコライ堂も考えましたが聖堂拝観時間は午後なので諦めます。

神田神社鳥居

その後神田神社へ移動。お参り後甘酒屋により一服。冷たい甘酒は初体験。美味しい。今度作る時の味覚と舌触りの参考にします。

天野屋入口

江戸時代から続く3つの歴史探訪。その後移動し帰途に就きます。凡庸な表現ですが疲れた顔が多かった。居た時はそれ程気付かなかったけど、そうだったのかもしれない。そんな緑の大地を見たら気持ちと眼が落ち着いた今はココの人となっている東京旅行でした。

沼巡り

公開日時
2017-06-14T11:24:02+09:00
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yama

昨日は沼巡り。

初めは雄子沢登山口から雄国沼へ。今年 3月8日 に同じルートで途中降雪に見舞われ引き返した記録のあるコース。点で繋がっている記憶とその中の景色なので、3ヶ月前のあの雪は何処に行ったのと思えてくる。

昨日の雄子沢駐車場周辺

冬道ではなくちゃんと登山口からスタート。

昨日の雄子沢登山口

八方台登山口と厩岳山登山口からしか雄国沼に行ったことが無い為、地図上では知っていてもそのあまりに早く沼縁の台地に到達すことに少し戸惑います。沼に出る手前で雄国山へ立ち寄ることに。

雄国山から雄国沼を俯瞰す

チゴユリ、レンゲツツジ、タニウツギ、ウラジロヨウラク、ピンクのマツの雌花観たり広がる沼眺めたりでキョロキョロして山頂になかなか着かない。

ピンクのマツの雌花

展望台からは桧原湖以北の山並みが雲の中でした。休憩舎へ降りマイヅルソウ、ホウチャクソウ観ながら木道のある湿原へ向かいます。

マイヅルソウ

雄国沼の湿原の木道をちゃんと周回するのは初めて。余裕のある行動計画の賜物。曇り空と相まって静謐でやや内省的な湿原を堪能します。

木道と金沢峠

ニッコウキスゲはまだ。コバイケイソウもこれから。ワタスゲは適期。草津白根の芳ヶ平でワタスゲを見たいと思いながら時期と意思が合わずいつも見逃していました。それ以来ワタスゲは特別な存在となり何処で観ても愛おしくカアイイ。

ワタスゲ

雄国沼から雄子沢登山口へ戻り車で少し移動して五色沼見学を実施します。学習の結果、山行後の帰途上で立ち寄ればと何度も思うだけに終わる五色沼はちゃんと「行く」と意思を固め計画に組み込まないと行けない。柳沼側から毘沙門沼へ向かいます。

五色沼入口

青沼、るり沼、弁天沼、かなり判り辛い竜沼、みどろ沼、赤沼、毘沙門沼を見学しピストン。雄子沢・雄国沼間の往復よりキツく感じたのは五色沼が観光地という心の緩みからでしょうか。

五色沼の色

そんな雄国山は登ったけど沼に徹した一日。帰りは現地地元スーパーで会津の食材を購入。

鹿沼行く

公開日時
2017-06-12T06:46:47+09:00
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sonota

昨日は鹿沼へ。

昨日のカトリック鹿沼教会

偶数月は朝8時半からミサ。与る。

教会聖堂内

朝日の差し込む教会は気持ちイイ。ミサ後プチ営業。