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寺子・鍋掛

公開日時
2017-02-15T05:22:35+09:00
タグ
nasuna

昨日、奥州街道一里塚散策。

鍋掛周辺を車で走ると史跡案内板が幾つか目に入ってきます。気になります。しかしそこは「立ち寄るんだ」という意思がないと通過してしまう規模と駐車を含めた立地条件。今回所用でその周辺に最接近します。待つという時間も発生しました。このチャンスを生かして奥州街道沿い散策を実行することにします。

病院へお送りした後、荷物の搬入のため那須町の寺子丙へ向かいます。那須町には寺子(てらこ)という地名があり、その近くの那須塩原市にも同じ寺子があります。読み方は前者か寺子(てらこ)で後者が寺子(てらご)。ルビ振らなければ何が何だか判らなくなりそうですが、那須町の寺子から那須塩原の寺子(てらご)を経由して病院へ戻ります。その途上での史跡散策です。

寺子の一里塚

最初の目的地は史跡奥州街道の寺子(てらご)の一里塚です。説明書きによると日本橋より42番目の一里塚で元の場所より50m程移動した場所に復元されたもの。見学後、そこより近く南東に位置する神社へ。神社名不明。

寺子の交差点近くの神社

次に鍋掛の交差点手前のお寺正観寺へ立ち寄ります。正観寺のシダレザクラとして市指定記念物に指定されています。ただ目を引くのは冬枯れしたさくらよりも御本堂です。ほほえみの寺というだけあり寺号額を見ているだけで微笑んできてしまう絵が描かれています。初めは純粋に何故にと思ってしまう程明快に描かれており戸惑います。

正観寺寺号額

室町時代創建され明治後期火災で消失。2014年に再建された新しい本堂だけあり綺麗です。天井画を外から眺めるとそこもほほえみ満載。

正観寺天井画一部

次に隣地の八坂神社で市指定有形文化財の芭蕉の句碑を見学し、鍋掛の一里塚へ移動します。

鍋掛の一里塚入口

高台の上にある一里塚。先の寺子(てらご)の一里塚の一つ手前となる41番目の塚。42番同様現在地は移転されたものであることが記されています。

鍋掛の一里塚

同敷地奥の鍋掛神社も訪ねます。

鍋掛神社 #1

長いスギ林の参道が続きます。遠く奥に赤い屋根を眺めながら近づく鍋掛神社は良い雰囲気です。

鍋掛神社 #2

最後に鍋掛神社近くにある源義家が陸奥平定に向かう途上に立ち寄ったと言われる、何故か銀色の樋沢(ひざわ)神社へ移動します。

何故か銀の樋沢神社

小さいながらも境内の巨石の上に義家の馬の前脚が乗り蹄の跡が付いたという石と、義家命名の葛籠石(つづらいし)が並んだ伝承文化財のある境内です。

義家関連の蹄の残る石と葛籠石

幾つか窪んだ穴のある石は蹄の跡残ると事前情報として脳内にインプットされてしまっているので何となくどれもがそのように見えてきてしまいます。

件の石穴

そんな寺子、鍋掛一里塚周辺巡りをして病院へ戻れば、予定より診察が遅れていて暫く待つことになった半日の記録。今週は動きアリ。