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白河市散策

公開日時
2019-07-03T08:40:25+09:00
タグ
sonota

一昨日 TV でにっぽんの芸能「"令和"の初襲名!七代目尾上丑之助」を観た。昼食時の何気に点けた番組は5月に行われた歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」の夜の部の演目「絵本牛若丸」でした。番組内容は以下の通り。

歌舞伎の名門・音羽屋の御曹司・寺嶋和史(5歳)が「尾上丑之助」を襲名。5月に歌舞伎座で行われた團菊祭での初舞台の模様をお送りする。祖父である人間国宝の尾上菊五郎・中村吉右衛門や先輩俳優陣に見守られながら、父・菊之助とともに稽古にはげむ親子の一か月を追う。

祝幕に宮崎駿氏による牛若丸と弁慶のイラストが書き添えられていたところも見所の一つでしたが、演目内に傾注するものが有りました。片岡亀蔵演じる「金売り吉次」の名前。箸が止まりました。

白河に買い物に行く途中よく目にする史跡案内の看板の一つに「金売り吉次の墓」があります。勝手に金融関連の義侠の徒、若しくは義賊の墓と思い込んで足を運びませんでした。先の歌舞伎によりようやく素性が判明しました。巨大ウェブ百科事典の引用です。

金売吉次(かねうりきちじ)とは平安時代末期の商人。吉次信高、橘次末春とも称される。『平治物語』『平家物語』『義経記』『源平盛衰記』などに登場する伝説的人物。奥州で産出される金を京で商う事を生業としたとされ、源義経が奥州藤原氏を頼って奥州平泉に下るのを手助けしたとされる。

言い伝え的墓碑なのかもしれませんが出向きます。

金売吉次の墓案内柱

そこは市指定重要文化財に指定された「(伝)金売吉次兄弟の墓」。

金売吉次兄弟の墓

短い滞在時間でしたがそこから東日本大震災で崩落した石垣の修復が今年4月終わった小峰城を観に行きます。震災から丸8年。着任した翌年の2013年3月1日に初めて訪れた時は修復中で城内の立ち入りは禁止されていました。

2013年3月1日の時の小峰城石垣 : 一部

戊辰戦争白河口の戦いで落城し、1991年に三重櫓そして1994年に前御門を再建。2011年3月地震により石垣崩落。2019年4月石垣修復完成。

修復の終わった石垣 : 一部

復興の息吹を感じながら修復の終わった石垣を眺めます。組まれた石垣の模様が美しい。

昨日の石垣 : 一部

前回拝観叶わなかった三重櫓を見学します。

前御門と三重櫓

遠くから見ると細々とした天守閣のように見える小峰城の三重櫓。そのお蔭で華奢な印象を受けてしまうのも事実。でも近くで見る三重櫓は秀麗です。天守閣を持たない城としてこの三重櫓はシンボルであることは確か。中から竪格子窓を通して白河駅を望みます。

三重櫓から白河駅を望む

その後、今年4月20日にオープンしたばかりの「小峰城歴史館」も入館。館内の小峰城 VR シアターは CG を使った3面シアターでナレーションが旨いなと思っていたら落語芸術協会会長就任と結婚報告して時の人となった春風亭昇太師匠でした。石垣復興作業と同じくらい驚きの一つとなりました。

小峰城櫻門跡周辺石垣

よく行く白河なのに新鮮であった昨日の記録。市議選間近で選挙カーが賑やかだった。