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キリシタン塚へ行く

公開日時
2020-02-21T11:19:46+09:00
タグ
sonota

久し振りの会津若松。目的はキリシタン塚に行くこと。逆時系列に記載。

キリシタン塚

会津若松の公式観光情報による以下の引用。

この塚には、寛永12年(1635年)12月17日以降、外人バテレンなど多数のキリスト教信者が処刑されたと記されています。蒲生氏郷はレオ氏郷の洗礼名を持つキリシタン大名であったため、知行地であった若松・猪苗代・南会津・郡山・三春・白岩・糖沢・二本松・福島にキリスト教が広まりました。しかし、寛永9年(1632年)会津藩15人、白河藩13人、二本松藩14人、若松藩42人のキリシタンが処刑されています。

塚の前には祭壇が設置されていた。祈念ミサがおこなわれたのだろうと思う。暫しお祈りする。

塚と祭壇

その蒲生氏郷の遺髪が納められている墓所を訪ねる。街中にある興徳寺。その五輪塔。

五輪塔

蒲生氏郷により黒川を若松と改め、城の名を鶴ヶ城と命名されたその鶴ヶ城、会津若松に来ているのだから見ておかないといけないと思い概観できる場所まで石垣を縫う。

鶴ヶ城

基礎知識を得るため福島県立博物館に入館。

昨日の福島県立博物館

昨日の大凡の記録。